この記事は何
昨日、矢吹可奈がメインのストーリーがミリシタで配信されたが、矢吹可奈はMCバトルに向いているかもしれないと唐突に思って書いた。
MCバトルについて
そもそもMCバトルとは何なのか。
別名フリースタイルバトルとも言われるが、要は同じビートでラップをして、どちらがより上手く、カッコよくラップできるかを競うもの。かつてはギャング同士の物理的な抗争を、ラップスキルのの優劣を競うことで代替したという歴史的な経緯から、主なラップの内容は対戦相手へのディス、そしてセルフボースト(自己賛美)だ。8または16小節を交互にラップし、それを数ターン繰り返すのが一般的。
つまりビートの上に乗せたマウンティング合戦だ。しかし、ただマウンティングするだけではダメで、ちゃんと音楽的なアプローチを取らなければならない。MCバトルで評価される内容は多岐にわたるが、主要なものを取り上げると以下のようになる。
- ディス
- どれだけ相手のことを痛烈に批判できるか
- アンサー
- ディスに対してどれだけ効果的に反論できるか
- ライム(韻)
- どれだけ韻を踏んだラップができるか
- フロー
- どれだけビートを乗りこなしたラップができるか
- バイブス
- どれだけ観客を熱くさせられるか
- パンチライン
- どれだけ印象的なフレーズを言えるか
- 即興性
- 上記のことを即興でできるか
MCバトルの例
言葉で言われてもなんのこっちゃだと思うので、MCバトルの一つの例を取り上げる。
歩歩 vs R-指定
— HIP HOP (@HIPHOP_UMB_) 2017年2月7日
歩歩はUMB2014年の大阪予選決勝のリベンジに挑む。
R-指定の気迫がハンパないです。 pic.twitter.com/AbDgvwMt2y
地上波で放送されているMCバトル番組、「フリースタイルダンジョン」での歩歩 vs R-指定の一戦。ちなみに、歩歩は京都出身で、R-指定は大阪出身。
全面的にお互いのバイブスが溢れていて個人的に大好きな一戦なのだが、ここでは2ターン目でのR-指定の「京都ならはんなりやっとけ やっぱりお前にはなんか足りん」というディスを契機にしてのお互いの攻防を取り上げたい。
足りん パリンって心は割れない お前の方が物足りん 俺の物語 ものわかり良くなったフリ 俺のフリースタイル 即興 バッチリ リンダリンダ これが俺だこれでいいんだ 教えてくれた甲本ヒロト こう思って披露してやるぜ お前の言葉 拾うところが一個も全然見当たらねぇ
コミカルな擬音やモーションを交え、「そんな言葉じゃ心は割れない、お前の言葉は物足りない」とディスに対するアンサーを返しながら、「物足りん」→「物語」→「ものわかり」→「なったフリ」と連続での韻の連打。
その流れでの「リンダリンダ」(歩歩はバトルの入場曲にこの曲を選んだことがあるらしい)。「これが俺のスタイルだ」と宣言しながら、「甲本」→「こう思って」とさりげなく韻を踏むテクニカルさを見せる。最後に「拾うところが一個も無いようなしょうもないラップしてんじゃねぇぞ!」という言葉をバイブスを込めながら繰り出してターン終了。続いてR-指定のターン。
お前が地獄へと走るトレイントレインがもう進んでるぜ リンダリンダ皆いいんかこんな韻が無いぜ 審査員はどうなのか 聞いてるか 分からんけどお前俺の言葉でハート割れたな 硝子の少年時代思い出せ Kinki Kids 俺はHIPHOP これに一途信じきる これしか無いぜ 俺は 大阪と京都どっちがヤバい関西か決めようか
先のターンで歩歩が取り上げた「リンダリンダ」、その曲を歌ったTHE BLUE HEARTSから連想しての「お前が地獄へと走るトレイントレイン」。ターンの始めにラップすることで印象的なパンチラインとなり、さらに相手のラップの内容を即座に引用することで即興性をアピールしている。
続いて6連符のリズムでビートにしっかり乗りながら、「リンダリンダ」から「審査員は」まで、「韻が無いぜ」とディスしながら「いんあ」での怒涛の韻の連打。
さらに、THE BLUE HEARTSからのアーティスト繋がりでの「Kinki Kids」、そこから韻を踏んで「一途信じきる」と言いながら、「俺だって少年時代からHIPHOPに命かけてきたんだ」と熱弁。最後に渾身のバイブスを乗せて「もっとヤバいバトルやろうぜ!」と締める。
MCバトルはヒップホップ文化圏のものということもあり、どこかアングラでアウトローなイメージが根強いと思われるが、現在は多様なプレイヤーがバトルに参戦していることもあり、MCバトルは頭脳スポーツと言っても差し支えないものに発展している(賛否あるみたいだが)。
このバトルは現在のMCバトルの持つ評価基準の多様性に見事に適合したものであり、どこを切っても見所が溢れてくるようにバトルの諸要素が凝縮されている。この例を通じて、MCバトルの奥深さ・懐の深さの一端が分かっていただけたと思う。
矢吹可奈とは
矢吹可奈に話は戻る。矢吹可奈は歌が大好きでいつも前向きで元気いっぱいな14歳である。歌が大好きなのでなんでもその場で歌にしてしまうが、その反面音痴なのをとても気にしている。
一見MCバトルとは無縁な牧歌的な雰囲気を醸し出しているが、もしかしたら彼女は史上最強のバトルMCとなれるかもしれない。以下に、彼女が持つMCバトルにおいてのアドバンテージを列挙する。
即興歌唱の経験
矢吹可奈は歌が大好きな14歳で、その場で感じたことを何でも即興の歌にしてしまう。このことにより、日頃からMCバトルに必要なスキルが自然と磨かれていることが想像できる。
MCバトルでは相手の言った内容・会場の雰囲気・観客のノリ・そして自分の伝えるべき感情を考えながら即興で歌詞を組み立てていく必要があるが、日頃から自分の感情・身の回りの出来事を即興の歌詞にして歌っている彼女にとって、言うべき内容を歌詞にすることなど造作もないことだろう。
また、歌っている間の頭の中では彼女が思い描く独自のビートが流れているはずで、矢吹可奈はそのリズムに乗って自分の言葉を載せているはずでである。つまり、頭の中で「ビートの選択」→「そのビートにあった言葉の選択」→「歌う」という一連の流れが、彼女の中で一瞬のうちに行われている。実際に打ち込む必要もないのだから、頭の中で流れるビートの種類も多種多様にわたるはずだ。
MCバトルではバトルで流れるビートは試合開始の直前に知らされることになっているが、即興歌唱の経験を積んだ彼女であれば、あらゆるビートを瞬時に自分のものにして乗りこなすことができる。これはMCバトルでは大きなアドバンテージであることに間違いない。
意外と韻を踏んでいる
矢吹可奈は歌が大好きな14歳で、その場で感じたことを何でも即興の歌にしてしまう。その歌詞の内容もMCバトルへの適性を感じさせてやまない。
スタッフさんも~♪ 楽しそう~♪ 私が盛り上げる~♪ 楽しいショ~♪ みんな私の歌に、夢中ですよー!」
ミリオンライブでの営業時のセリフの一つ。ここから感じられるのは、矢吹可奈はライミング(押韻)を理解しているということである。
「楽しそう」→「楽しいショー」→「夢中ですよー」という流れは一見別にそんな凄いライミングをしていないように思われるかもしれないが、じゃああなたは「『楽しそう』で韻を踏みながら歌ってください」と言われたらどう歌うだろうか。
大多数の人は末尾を「そう」で縛ってしまう。つまり、「楽しそう」→「嬉しそう」→「明日晴れそう」などだ。これでは言葉のバリエーションが増えない。実は、韻を踏むには母音だけ合っていればいいので、末尾が「おう」であればいいのだ。
もっと言えば、「楽しそう」は実際には「楽しそー」と発音することも多いので「おー」で踏んでも十二分なライミングだ。つまり、矢吹可奈の2フレーズ目の末尾「楽しいショー」には、単純なようでいて一般人離れしたライミングセンスが表れている。
さらに最後の「夢中ですよー!」だが、「楽しいショー」から完全に韻は踏んでいないものの「おー」で終わるフレーズとなっており、加えて「みんな私の歌に、夢中ですよー!」と観客に呼びかけることで、客席が沸騰するパンチラインに仕上がっている。韻を踏みながらバイブスを乗せる、極めて完成度の高いフレーズだ。
恐ろしいのは、矢吹可奈はおそらくこれを誰にも教わることなく一人で開発したという点だ。ライミングの概念を教えてあげれば、前人未到のライミングスキルを持った超絶技巧MCになれる可能性を秘めているのではないだろうか。
ディスをしない
矢吹可奈は心優しい14歳で、他人を傷つけるような真似は絶対にしない。これもMCバトルでは大きな要素である。
MCバトルの評価基準には「アンサー」、つまりディスに対するカウンターがあり、相手のディスに対して的確に反論できればそれだけで会場が大盛り上がりになる。つまりディスをするということは、相手に加点の機会を与えるリスキーな行動なのだ。
しかし、ディスをしなければそのような攻撃の糸口を相手に与えることはない。つまり難攻不落になる。ディス主体のMCにとっては非常にやりづらくなるだろう。
いつも素直で前向き
矢吹可奈はいつも素直で前向きな14歳で、多少傷つくようなことがあっても、それを全て前向きなエネルギーに変えてしまえる。ミリシタのストーリーでも志保にズバズバ言われてたけど、その志保に「アドバイスありがとう」と言ってしまえるタフネスさと前向きさ。健気すぎて泣いた。
この前向きさも大きな武器だ。相手からディスられたとしても、それを前向きな言葉に変えてしまえる。例えば、「お前音源聴いたけどすげー音痴だな」みたいにディスられても、「私は音痴じゃない」みたいにストレートに返す必要はない。
「音痴なのはわかってる だから毎日たくさん練習して みんなに聞いてもらえるような歌を唄いたいって 私は歌が大好きなんだよ」みたいな内容を綺麗にラップできると、完全にクリティカルヒットのアンサーになる。観客に「このMCを応援したい」と思わせることができれば立派なアンサーでありバイブスだ。
ちなみに、「ディスを吸収して前向きに返すMC」は実在する。崇勲がその人で、その愛嬌ある見た目をディスられても「30年これで生きてきてんだよ」「タカシにヒロシ 感謝してるし」とアンサーを返して会場を沸かしている(気になる人は「崇勲 vs DOTAMA」等で検索)。崇勲は全国的な大きな大会でも優勝している。つまり、「いつも素直で前向き」であることはMCバトルにおいて大きな武器であることは実証されている。
まとめ
どうだろうか。矢吹可奈は今の時点で優れた即興性とライミングセンスを持っている。さらにまだ14歳である。テクニカルなスキルの伸び代はあまりにも十分だ。
さらに天性の明るさ・優しさ・前向きさは観客を味方につける大きな武器になる。会場の盛り上がりほどバトルMCの味方になるものはない。ディスも効かないとなれば、難攻不落の防御力、そして一撃必殺の攻撃力を兼ね備えた、正真正銘完全無欠のバトルMCになれる。
全国の矢吹可奈Pの皆様、どうだろうか。この文章を読んだ後であれば、上の写真は川崎CLUB CITTAで対戦相手にバイブスを詰め込んだパンチラインを繰り出して客席を大きく揺らすMC矢吹可奈にしか見えなくなっているはずである。歌をやめろと言っているわけではない。彼女の未来を、そして日本語ラップの未来を広げるために、矢吹可奈のMCバトルへの挑戦をどうか検討していただきたい。
この記事はMCバトルに興味を持ち始めて二週間の人間が書きました。