2021年凱旋門賞注目出走馬展望
いよいよ、10/3(日)は凱旋門賞である。第100回という記念すべき今回には、史上最強とも言われるメンバーが集結した。
日本馬も2頭参戦するが、有力な外国馬を知っておくことで、レースはもっと面白くなる。ここでは日本馬2頭に加え、それを迎え撃つ有力海外馬6頭を紹介していく。
以下で使用している画像は、いずれもJRA-VANからの引用である。
出走馬紹介
🇯🇵 クロノジェネシス(牝5) - 時代と想いを紡ぐ、日本が誇る現役最強馬
父: バゴ 母父: クロフネ
ジェンティルドンナ、リスグラシュー、アーモンドアイ、グランアレグリア...
この10年は、歴史を塗り替えた牝馬が多数登場した、まさに「牝馬最強時代」。その真打になるのかもしれないのがクロノジェネシスだ。
善戦はするものの、GIタイトルまではなかなか手が届かなかったクロノジェネシス。彼女が初めてGIを勝ったのは秋華賞(GI)。デビューから手綱を握ってきた北村友一にとっても、嬉しいGI2勝目となった。この勝利を機に、クロノジェネシスは覚醒する。
翌年の京都記念(GII)では強豪馬を一蹴。大阪杯(GI)では先輩牝馬・ラッキーライラックに首差敗れたものの、次戦の宝塚記念(GI)ではそのお返しとばかりに6馬身差の圧勝。先輩牝馬もろとも、強豪牡馬さえまとめて粉砕する衝撃的な圧勝劇だった。
その後、有馬記念(GI)を横綱相撲で完勝。同期にはアーモンドアイがいたため年度代表馬の座は逃したものの、グランプリ連覇の偉業が評価されJRA特別賞を受賞した。
北村友一は、GIを何勝もするような華やかなジョッキーではない。しかし、彼を背にどこまでも快進撃を続けていく様は、ある種の「人馬の絆」を感じさせるものだった。今年緒戦のドバイシーマクラシック(GI)では2着。しかし、ヨーロッパ最強クラスの強敵・ミシュリフ相手に首差。「この人馬で凱旋門賞を!」期待の声は日に日に大きくなっていった。
しかし、北村友一は5月に落馬事故に遭ってしまう。背骨を8本骨折、まともに歩けるようになるまで1年以上という重傷。今年で引退となるクロノジェネシスには、もう騎乗できなくなってしまった。
宝塚記念(GI)では、日本のリーディングジョッキーであるクリストフ・ルメールに手綱が渡った。結果は2馬身差の完勝。グラスワンダー以来21年振りのグランプリ3連覇。名実ともに、現役最強の座に就いた瞬間だった。
凱旋門賞ではさらにオイシン・マーフィーにバトンが渡る。弱冠26歳ながら、既にGIを15勝以上している一流ジョッキー。そして日本馬への騎乗経験も多数あり、ディアドラとスワーヴリチャードでGIを2勝している。日本馬の性質を、強さを知り尽くしたジョッキーが跨がるのであれば、クロノジェネシスにとってはこの上なく心強いだろう。
第100回を数える歴史ある凱旋門賞。そこに何十頭もの日本馬が挑んで、敗北してきた歴史がある。その歴史に終止符を打つのは、この大仰な名前を背負った彼女こそ相応しいのかもしれない。日本の夢を、そして相棒の想いを乗せて、現役最強馬・クロノジェネシスが新たな歴史を紡ぐ。
🇯🇵 ディープボンド(牡4) - 才能開花、スタミナに全てを懸ける!
今年の凱旋門賞出走馬では少数派となったGI未勝利馬・ディープボンド。昨年の菊花賞では同馬主であるコントレイルの三冠をサポートする役回りとなったが、別路線を歩むようになってからは頭角を表してきた。
年明けの中山金杯(GIII)では惨敗したが、次走の阪神大賞典(GII)では重馬場を味方につけ5馬身差の圧勝。本番の天皇賞(春)(GI)でも、勝ち馬に際どく迫る2着。パワーとスタミナに勝る現役屈指のステイヤーとして名を馳せるようになった。
ディープボンドはレースの数週間前から現地入りし、前哨戦のフォワ賞(GII)に参戦。フォワ賞は凱旋門賞と同一コース・同一距離で行われ、凱旋門賞に向けた重要ステップレースの一つに位置付けられる。ここでは6頭中5番人気と低評価だったが、GI馬相手に逃げ切り勝ち。現地の馬場に適性があることを証明するとともに、本番にも大きな期待を持たせる結果となった。
ちなみに、これまでフォワ賞を制した日本馬はエルコンドルパサー、オルフェーヴルの2頭であり、2頭とも本番では2着と好成績を収めている。そしてこの2頭のレースは、いずれも凱旋門賞における歴史的なシーンとして刻まれている。エルコンドルパサーはモンジューとの死闘を演じ、「勝者が2頭いた」と称えられることとなった。オルフェーヴルは直線半ばで先頭に立ち圧勝するかと思いきや、まるで手中に収めた勝利をかなぐり捨てるかのように急失速。その信じられない負け方は、今でも語り草となっている。
父・キズナは3歳時に凱旋門賞に挑戦し4着、その後は怪我もあり思うような結果を残すことはできなかった。「深い絆」との名を与えられたディープボンドが、父から受け継いだ夢を叶えることが出来るだろうか。GI未勝利馬、しかし前哨戦覇者が、凱旋門賞に堂々と波乱を巻き起こす。
🇮🇪 スノーフォール (牝3) - 日本馬を迎撃する日本生まれの天才少女
2020年に引退した牝馬・エネイブル。19戦15勝GI11勝、うち凱旋門賞2連覇という凄まじい成績を残した彼女は、6歳の凱旋門賞で6着に敗れたのを最後に、惜しまれつつターフを去った。そのエネイブルと入れ替わるように台頭してきたのがスノーフォールである。
スノーフォールは日本で生まれ、ヨーロッパへと旅立った3歳牝馬。父・ディープインパクトはもはや説明不要の伝説。母父・ガリレオも、ヨーロッパでは知らぬ者のない大種牡馬。スノーフォールは、日本とヨーロッパのスーパーサイヤーの血の結実なのである。
2歳時は7戦1勝と全くパッとしない戦績だったが、3歳になってクラシック路線へ歩みを進めると覚醒。イギリスオークス(GI)で16馬身差という歴史的圧勝を演じてみせ、一躍世界中の注目を集めるシンデレラガールとなった。
その後もアイルランドオークス(GI)を8馬身差、ヨークシャーオークス(GI)を4馬身差でそれぞれ圧勝。牝馬最強であることは間違いない。現役最強でもあるのかもしれない。もしかしたら、あのエネイブルに肩を並べる存在なのかもしれない。競馬ファンの期待は、レースを重ねるごとに大きくなっていった。
しかし、前走のヴェルメイユ賞(GI)では同世代の牝馬相手にまさかの敗北。レースが超スローペースになってしまったためという見方もあるが、5月から休みなく走り続けて5戦目、疲れが出てきてしまっている感は否めず、彼女に対する評価は下がってしまった。凱旋門賞までのレース間隔は約3週間、この短い期間で立て直すことが出来るか、不安材料であることは確かである。
しかし、エネイブルは同じようなローテーションで凱旋門賞を完勝している。そしてスノーフォール自身も、イギリスオークスを16馬身差で圧勝するように、並外れたポテンシャルを持っている馬である。ワンダーホースに常識は通用しない。仮に十分立て直せなかったとしても、その状態でさえ凱旋門賞を勝ててしまうかもしれない。
ディープインパクトは2006年に凱旋門賞に挑戦したが、そこでは3着に敗れた上、禁止薬物検出による失格処分という憂き目に遭ってしまった。あれから15年、父の無念を晴らすべく、その娘が凱旋門賞へと立ち向かう。勝てば日本で生まれた馬として初めての勝利。日本で生まれた才女が、日本からやって来た2頭を堂々と迎え撃つ。
🇬🇧 アダイヤー (牡3) - ダービー馬のプライドを胸に
日本で行われるダービーは日本ダービー、アメリカのケンタッキーで行われるダービーはケンタッキーダービーと呼ばれる。それでは、イギリスで行われるダービーは何と呼ばれるだろうか?
「ザ・ダービー」である。ザ・ダービーと言えばイギリスのダービー、1780年に創設された世界最古の3歳馬最強決定戦のことを指す。ケンタッキーダービーも日本ダービーも、世界各地で開かれるダービーは全てこのレースを範にとったものだ。200年以上の歴史と伝統という重厚なバックボーンに加え、目も眩むような数々の名馬を輩出してきたという実績から、イギリスダービーは今も世界の競馬の最重要レースの一つであり続けている。そしてアダイヤーは、その第242代目ダービー馬である。
しかし、そのダービーの威光は今や陰りを生じている。ここ5年でダービーを勝った馬は全て人気薄、そしていずれもその後全く実績を残せていない、という事態が続いている。その謗りを、アダイヤーもまた免れることはできなかった。実際アダイヤーがダービーを勝利したとき、彼自身が7番人気であり、しかも2着馬に至っては最低人気の未勝利馬。史上稀にみる低レベルのダービーとの声も上がった。
しかし、次走その評価は一変する。次走で上半期ヨーロッパ最強馬決定戦の位置付けであるキングジョージ6世&クイーンエリザベスS(GI)に出走すると、GI4勝のラヴ、今年のドバイシーマクラシック(GI)でクロノジェネシスをねじ伏せたミシュリフ相手に完勝。一躍王道路線の主役に名乗りを上げると同時に、これはイギリスが誇る「ザ・ダービー」復権の狼煙でもあった。
近年最強のダービー馬であることを照明したアダイヤーは、この凱旋門賞でヨーロッパ三大レース制覇の大偉業がかかることになる。イギリスダービー、キングジョージ6世&クイーンエリザベスS、そして凱旋門賞はヨーロッパ三大レースとして括られているが、これを同一年内に制したサラブレッドは、"神の馬"ラムタラ以来26年現れていない。この重い歴史の扉をこじ開けることが出来るのか。ハイレベルと呼ばれる今年の3歳世代、その頂点に立ったダービー馬が、そのプライドを胸に凱旋門賞に挑む。
🇬🇧 ハリケーンレーン (牡3) - 同期へのリベンジを誓って
ハイレベル3歳世代ならこの馬も忘れてはいけない。アダイヤーと同世代、同じ馬主、同じ厩舎、そして同じ父の血を引くハリケーンレーンもまた、有力視される3歳牡馬である。
デビューから3連勝でGIIレースを勝利、2番人気でイギリスダービーに乗り込むが、そこではアダイヤーはおろか、未勝利馬からも大きく離れた3着に敗れ、初めての挫折を味わう。しかし、挫折が人を強くするのと同様、ハリケーンレーンもまた、このレースを機に一気に変貌を遂げる。
次走のアイルランドダービー(GI)では、前を行く逃げ馬が直線で後続を引き離し勝ちパターンに持ち込んだところを強引に捻じ伏せ首差の勝利。3着以下は7馬身離していた。そしてパリ大賞(GI)では横綱相撲で6馬身差の圧勝、日本の菊花賞にあたるセントレジャーS(GI)も完勝を収める。気付けば7戦6勝GI3連勝。同世代の牡馬たちを完膚なきまでに叩きのめして、凱旋門賞まで駒を進めた。
父・フランケルは14戦14勝GI10連勝という意味不明な戦績を残したヨーロッパ史上最強馬。その産駒は世界中で数々のGI勝ちを収めているが、フランケルの子供で凱旋門賞を制した馬はまだ現れていない。4連勝でここを突破し、フランケル産駒の一番星となることは出来るだろうか。同時にこのレースは、同じ父の血を引き、ダービーで唯一の敗北を喫することになったアダイヤーへの、3歳牡馬最強の座を賭けたリベンジマッチでもある。
🇮🇪 タルナワ (牝5) - 遅れてきた大女優
3歳までに重賞を3勝したものの、GIでは幾度となく跳ね返されてきたタルナワ。しかし翌年はヴェルメイユ賞(GI)、オペラ賞(GI)と連勝、そして遥か海を渡り、アメリカのブリーダーズカップターフ(GI)でも完勝。遅咲きの花は、GI3連勝で大輪の花を咲かせることになった。
前走のアイリッシュチャンピオンS(GI)では2着に敗れたが、その勝ち馬・セントマークスバシリカはこのレースでGI5連勝を果たした3歳牡馬。そしてタルナワは2400mを得意とする馬なのに対し、このレースは2000m戦。タルナワ自身の強さには少しも疑問符は付かないだろう。ちなみに、セントマークスバシリカは残念ながらこのレースを最後に引退している。
勢いに乗る3歳馬を相手にすることになるタルナワ。しかし、実績の上では少しも引けを取ることがない。2400mレースに対する豊かな経験、そして馬場コンディションを問わない万能性を武器に、74年振りの5歳牝馬による凱旋門賞制覇に挑む。
🇮🇪 ラヴ(牝4) - 煌めくステージで、あの輝きをもう一度
父: ガリレオ 母父: ピヴォタル
昨年は3戦しかしていないが、その内訳は1000ギニー(GI)、イギリスオークス(GI)、ヨークシャーオークス(GI)、しかもいずれも4馬身以上の圧勝。ラヴというシンプルな名前のこの馬は一躍スターダムに上り詰め、ヨーロッパ最優秀3歳牝馬に輝いた。
今年緒戦のプリンスオブウェールズS(GI)は人気に応えてGI4連勝。しかし、その後はアダイヤー、ミシュリフに敗れ、前走のGIIレースでも格下の相手に屈してしまった。その後もスノーフォール、ハリケーンレーン、セントマークスバシリカなど、年下の3歳馬の台頭が相次ぎ、ラヴに対する注目はすっかり下火に。GI4連勝の輝きは遥か彼方、彼女は今、世代交代の波に飲まれようとしている。
ブックメーカーのオッズの上でも6番人気。しかしGI4連勝という肩書は、上位人気馬に対して全く引けを取らない。復活を印象付けるのには絶好の舞台。世界の注目を集めるステージで、再び輝きを取り戻したい。
🇮🇪 ブルーム (牡5) - 朋友が繋いだ道の上、レジェンドの夢が走る
父: オーストラリア 母父: アクラメーション
凱旋門賞制覇は日本の夢、そして武豊の夢でもある。日本の誇るレジェンド・武豊は凱旋門賞にはこれまで8度騎乗、3着に入ったことは2度あるが、しかしまだ勝利を掴めていない。近いようで遠い凱旋門というのは、武豊にとっても同じであった。「いつかは凱旋門賞に勝ちたい」と長年公言していた武豊だったが、勝つチャンスはおろか、騎乗するチャンスさえ思うように掴めないのが凱旋門賞。武豊も52歳、いくらレジェンドとは言え、凱旋門賞制覇に向けて残されたチャンスは少なくなっていった。
そこに現れたのは松島正昭という実業家。かねてから武豊と親交があったという松島は、武豊を重用する馬主として知られている。「夢は武豊を乗せて凱旋門賞を勝つこと」、そう公言して憚らなかった松島の夢は、しかし実現不可能な夢に思われた。夢を実現するために、松島はセールで高額馬を買い漁るが、そのどれも芳しい成績を収めていないのだ。これでは凱旋門賞に勝つどころではない。このまま高額馬を買って有力馬が出現するのを待つのでは、時間は無為に過ぎていってしまう。
しかし、ここで松島は思い切った策に出る。なんと、フランスで走る現役競走馬を、馬主から直接買い取ったのだ。世界を股にかけて競馬事業を展開し、この凱旋門賞にもアダイヤー・ハリケーンレーンを出走させるクールモアグループ。彼らと1からパイプを作り、購入したのがこのブルーム。イギリスダービーで4着に入着した実力馬だった。
購入後すぐは体調不良もあり思うように出走することが出来なかったが、今年緒戦で準重賞を勝利した後は8戦4勝2着3回と安定した成績を収めている。特に、その内の1つはサンクルー大賞(GI)。日本の競馬で思うような結果の出せなかった松島は、海外でGI初勝利を叶えることになった。
前走のフォワ賞(GII)はディープボンドの2着に敗れたが、凱旋門賞にはGI馬として堂々と乗り込むことになる。鞍上はもちろん、武豊。彼が勝てば当然、日本人ジョッキー史上初の凱旋門賞制覇である。異国の地で盟友が切り開いてくれた道。それを辿って、様々な記録に彩られたレジェンドの歴史に、一際輝く1ページを綴ることは出来るだろうか。