打ち首こくまろ

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「千羽黒乃の強くなる麻雀」を読みました

 密かに推しているVTuber、千羽黒乃さんが麻雀戦術書を出版した。その名も「千羽黒乃の強くなる麻雀」(以下「強くなる麻雀」)。せっかく読んだので感想をつらつらと書いていこうと思う。

 ちなみに自分は麻雀4年目であり、雀魂では雀豪3から雀傑3に転がり落ちた後、先日ようやく雀聖に昇段した程度の中級者であり、(おそらく)本書のターゲット層ど真ん中のプレイヤーである。「誰が戦術書のレビューしとんねん」という指摘は受け入れるし、そのくらいのレベル感の人間が書いてるよと言うことを念頭に入れて欲しい。一応、麻雀の戦術書はこれまで20冊以上読んでいるため、他の戦術書と比較した立ち位置についても書いておこうと思う。

 また、自分が読んだのはKindle版なので、他の媒体とは少々異なるところがあるかもしれない。サイン本は注文したので物理媒体は後日届く予定。

 あと、上記の通り千羽さんは推しているので、下記の感想は別に客観的なレビューでもない。

初心者から中級者になるためのインフラは整備された

 麻雀戦術書の世界では、初心者〜初級者を対象としたものは非常に充実してきたと思う。

 例えば、千羽黒乃さんの前著である「麻雀1年目の教科書」はルールを覚えたての初心者が最初に手に取る戦術書を意識して書かれていた。また、麻雀というゲームに馴染みのない入門者向けには東海オンエア・虫眼鏡さんの本VTuber・夜桜たまさんの本が、逆にもう少しレベル感の高いプレイヤーには平澤元気さんの「麻雀初心者が最速で勝ち組になる方法」など。

 という訳で、初心者〜初級者向けの戦術書は、それぞれのレベル帯に合わせた本が数多く出版されている。

www.youtube.com

 さらに、「麻雀初心者が最速で勝ち組になる方法」については、内容の大部分がYouTubeで先日公開された。嘘偽りなく、初心者から中級者になるための全ての技術は、この60分の動画に全て詰まっている。麻雀の入門者・初心者が中級者に効率よくステップアップするためのインフラは、この数年で完全に近い状態にまで整備されたと言っていいだろう。

中級者からのステップアップは未舗装のまま

 では、中級者から上級者へのステップアップについてはどうだろうか?

 このあたりのレベル感の戦術書は意外と少ない。麻雀プロや天鳳トッププレイヤーなどが自身の戦術を解説してくれる本はあるのだが、上記に挙げたようなインフラに乗っかって中級者にまで到達したプレイヤーにとっては、内容が難しすぎて自分のスキルに反映することが難しい。

 Mリーガーの園田賢プロ村上淳プロの本は濃い内容で読み応えがあるものの、実戦に活かすには内容が非常に高度であり実質ファンアイテムとなっているし、天鳳位のお知らせさんが執筆した本は、やはり内容が高度かつ硬派な書き口のため、ある程度の雀力と読解力・忍耐力が無いと読み進めることが難しい。

 これらの他にも様々な本が出版されているものの、いずれもプロの実践譜解説だったり、あるいは「鳴き読み」「押し引き」などそれぞれのテーマに特化したものが多く、中級者に必要なスキルが網羅的に書かれている本はほとんど出てこなかった。

 中級者になりたてのプレイヤー向けの戦術書が少ないのは、内容が広くなり過ぎることと、それに加えてプレイヤー層のボリュームが初心者層に比べて薄いからだろうか。中級者まではシンプルな戦術で到達できるのに対し、そこから先へ進むためには細かな判断が必要になり、それを網羅する一冊の本を書くのは大変である。それに加えてターゲット層が初心者より少ないとなれば、出版に踏み切る企業も少ないのは当然だと思える。

 ということで、中級者向けのお手本となるような戦術書は、平澤元気さんの「人気麻雀YouTuberが教える 1冊で上級者になる方法」あるいは「麻雀 弱点克服ドリル」ぐらいしか無いというのがこれまでの現状だった。

「強くなる麻雀」は上級者へのパスポート

 というわけでようやく「強くなる麻雀」の書評に入るのだが、まずこの本は中級者向けの戦術書であり、かつ中級者から上級者にステップアップするためのスキルが「手組み」「鳴き」「押し引き」「読み」「着取り」の5章に渡り、ほぼ全て詰まっている。自分がこれまで読んだ戦術書の中で、最も網羅的で教科書的な中級者向け戦術書だった。

 また、千羽黒乃というタレントが執筆した本であるものの、内容はガチガチの戦術書。中級者のスキルアップに重要な内容が網羅的に、ロジカルに、それでいて分かりやすく書かれている。中級者向けの戦術書の数の少なさも相まって、麻雀を上手くなりたい中級者にとっては、千羽黒乃の好き嫌い関係なく真っ先に手に取るべき戦術書になるだろう。

 一方、詳しくは後述するのだが、網羅的に書かれているが故に、この本を一回読んだだけで上級者になることは難しい。実戦的なスキルを身につけるためには、牌譜検討をしながら繰り返し読んで反省したり、あるいは他の戦術書などを読んで特定分野のスキルについて理解を深めることが必要になるだろう。

 それでも、「強くなる麻雀」は中級者が上級者になるために必要なスキルの土台を形作ってくれる。そういう意味で、「強くなる麻雀」は上級者へのパスポート。そこから先に進むには自分の足で進む必要があるが、そのための道を切り開いてくれる一冊だ。

 以下では、特に面白かった章についてピックアップして書いてみる。

丁寧に整理された鳴き判断

 この本の特徴を最も表しているのが第2章の「鳴きの技術」だろうか。「麻雀一年目の教科書」では鳴いてアガれる役を紹介するくらいであっさり流されていたのだが、本書では約30ページに渡って、鳴きの詳細な基準に踏み込んで論じられている。

 また、それぞれの鳴き判断についての説明が非常に分かりやすい。というのも、それぞれのケースで鳴いた時のメリット・デメリットがまず整理されてから、具体的な牌姿を示して、この手牌は鳴く? 鳴かない? という話に進んでいく。最初に鳴きにあたって判断すべき情報を分かりやすく明示してくれるので、その後の話が入りやすく、また実戦での応用も利きやすいように構成されている。

 本書ではさらに踏み込んで、「役牌とタンヤオには鳴き判断に違いがある」という話にまで進んでいく。戦術書でこのようなレベルまで丁寧に整理されているものは少ない印象で、本書の特色の一つと言えるだろう。

 千羽黒乃さんのこのような説明力の高さやロジカルさが全編に渡って発揮されているのが本書で、それぞれのトピックについて要点を踏まえた上で分かりやすく説明されている。配信で見せるようなエンタメオカルトショタコン天狗という一面だけではないのだ。

中級者の急所・押し引きと守備の技術

 第3章は「押し引きの技術」。ただ、この章ではオリを選択した時のベタオリ技術が多くを占めている。ベタオリ技術を極めれば雀聖ぐらいにはすぐなれると思うので、この章の内容は非常に重要だ。

 現物・スジ、そして4枚壁については「麻雀1年目の教科書」でも扱われていたが、本書ではそれに加えて初歩的な読みである安全エリアや、赤5切りのある捨て牌での危険度読み、とりあえずの複数牌切りなどが取り上げられている。最終的に、それらの情報を組み合わせることで最も安全な牌を導き出す例が示され、非常に高度で実戦的なテクニックが紹介されている。

 この章もとにかく分かりやすい。基本的な内容から順に積み上げて徐々に発展的な内容になっていく構成で、基本的なベタオリテクニックをほとんど網羅している。これ以上になると切り順や手出しツモ切りを見た読みの領域になってくるだろうか。

 中級者のステップアップとして大きなファクターとなる1シャンテンからの押し引きも押さえてある。具体的な押し引きの基準は書かれていない(考慮すべき変数の数が多すぎて、そもそも基準を作るのは難しい)が、具体的な牌姿を取り上げながら押せる、押せないが論じられているので、実戦でもイメージがつきやすくなっている。

超絶難易度の読みの技術

 転じて、第4章の「読みの技術」は非常に難易度が高い。レベル感としては雀聖到達以降だろうか(つまり自分も完全には理解できていない)。手出し・ツモ切り含め盤面上のあらゆる情報を総合させる必要があるため、理屈を理解できても、制限時間のある実戦に活かすのはなかなか難しい分野の技術だ。

 特に終盤にある「エリア読み」の内容は超絶難易度。親の3副露の待ちを一点読みするという内容で、エリア読みのロジック自体はシンプルなのだが、それ以外の全ての読みを総合する内容になっていて、ロジックの複雑さはお知らせ本の鳴き読みの章に匹敵する。5ページに渡って推理が記述されており、ページを行ったり来たりしながら読む必要があるため、理解するためにはある程度腰を据えて読み込む必要があるだろう。

 じゃあ雀豪になったばかりのプレイヤーは読む必要がないのかと言われれば、そうではない。章の最初には「読みによってどこまで読めるのか」「どんな種類の読みがあるのか」ということが解説されている。上級者はどのようなことを考えているのか、自分が上級者になるにあたってどんなことを考える必要があるか、そのエッセンスがこの章に詰まっている。

麻雀の幅を広げる点数状況判断

 最後の「着取りの技術」は雀魂などのネット麻雀にとっては最重要。雀魂では順位点の価値が非常に大きく、「高い点数」よりも「良い着順」を取ることが最重要であり、特に4着を回避することが成績の向上に直結する。

 この章では着取りの大切さを伝えることから始め、オーラスの点数状況によって押し引きや手作りが平場とは異なってくることを記述している。ここでも、様々な点数状況を例に挙げてくれているので非常に分かりやすい。

 それだけではなく、他家をコントロールするアシストや絞り、さらに点数状況によって局消化、あるいは局の進行を遅らせるテクニックまで説明されている。この辺りまで深入りするとそれだけで一冊の本になってしまうので軽く紹介されるだけになっているが、この考え方に初めて触れる人にとっては、麻雀の戦術が大きく広がったような感覚になるだろう。

「強くなる麻雀」の注意点

 「強くなる麻雀」は非常に素晴らしい本だと思っているが、全ての人に対してオススメできるという訳ではない。以下には本書を手に取るにあたっての注意点を書いていこうと思う。

「麻雀1年目の教科書のターゲット」とのギャップ

 麻雀1年目の教科書は、麻雀のルールを覚えたての初心者が手に取ることを前提として書かれている。なのでターゲット層としては初心〜雀士ぐらいだろうか。

 対して、「強くなる麻雀」の方はというと、編集協力の平澤元気さん曰く「雀豪2〜聖2くらいの人がめちゃくちゃ勉強になる」というレベル。

 雀豪2というのは「玉の間で勝ち越せるレベル」のことを指す。麻雀1年目の教科書のターゲットからは「金の間に常駐できる」「金の間で勝ち越せる」「玉の間に常駐できる」という3つのレベルを飛び越しているので、「麻雀1年目の教科書」とはターゲット層にかなりのギャップがある。続編として読むとかなり面食らうかもしれない。

 ただ、文章としては平易で分かりやすく書かれているので、実戦に活かせるかどうかはともかく、読んで内容を理解することは、麻雀にある程度触れている人は誰でも出来ると思う。また、麻雀中級者や上級者はどのような思考をしているのかに触れることは、麻雀初心者にとってもプラスになると思うし、Mリーグなどの観る雀専門の人にとっても、観戦の楽しさを増やしてくれるはず。

 戦術書として買ったのに、ちょっと高度で難しかった、という人は、前出の「麻雀初心者が最速で勝ち組になる方法」、あるいは動画を見て、玉の間タッチまでステップアップすることをオススメしたい。

この一冊だけで強くなることは難しい

「麻雀1年目の教科書」では各トピックの最後に練習問題があり、トピックのテーマの理解度を深め定着を図る構成だった。

 しかし「強くなる麻雀」では練習問題は一切存在しない。書かれている内容が非常に広範に渡り、内容としても詰め込まれているため、練習問題を追加すると鈍器のような厚さになるからだろうか。

 また、内容がボリューミーかつ、広範な内容を並列的に扱っており、各トピックの重要度が分かりづらかったり、あるいは何故そのトピックが重要なのか分からない、ということもあるだろう。

 例えば、本書は「手組み」「鳴き」「押し引き」「読み」「着取り」の順で書かれているのだが、成績に直結するのは「押し引き」「着取り」であり、「鳴き」と「読み」はそれよりも重要度が下がるイメージ。本の構成上仕方がないのだけど、重要度順には整理されていないので、実戦でどの場面でどの要素を重視すべきか、は自分で判断する必要がある。

 例を挙げると、読みによって相手の待ちがかなり絞れた場合でも、自分の手が平和ドラ1の聴牌であれば、かなりの場面で危険を承知でリーチをしなければならない。「読み」はあくまでも押し引きやベタオリの補助材料なのだが、その事は本書には書かれていないので自分で気をつけなければならない。

 また、本書では「打点を上げるために○○しよう」という内容が複数箇所に書かれているが、じゃあ何故打点を上げる必要があるのか、については特に体系化されて書かれているわけではないので、その辺りの目的意識の整理も自分で行う必要がある。

 まぁ、その辺りまでカバーしようとすると現代麻雀技術論みたいな激イカつい本に仕上がってしまうだろう。前述した通り、「強くなる麻雀」は上級者になるためのパスポートと捉えるのが良くて、そこから先に進むには、他の本や配信などを観て理解を深めたり、実戦や牌譜検討を通して血肉にするのが良いだろう。

ラス回避に特化したものではない

 「強くなる麻雀」はラス回避に特化したものでは無い。例えば、リーチ判断について以下のような記述があった。

確実に12000点をアガりたいから...とダマテンにしたくなってしまうかもしれませんが、ここもやはり強気にリーチをかけましょう!
打点が18000〜24000の手になり、アガったときのトップ率をさらに大きく高めることができます。

 確かに、「新・科学する麻雀」によるとこの状況ではリーチの方が2000点ほど局収支が良くなるそうだ。そのため、Mリーグルールや一般的な雀荘のようなトップ重視のルールであればリーチをかけた方が良いかもしれない。

 ただ、ラス回避ルールでは明確にダマの方がいいと思う。ラス回避ルールでは自分が4着目に落ちないことが最重要で、12000点をアガることによる自分のラス率の減少と、誰か他のプレイヤーに直撃させることによってそのプレイヤーをラス候補にしてしまう、という2つの要素が効いてくるからだ。

 「着取り」の章も、主にオーラス付近の押し引きやアシストの技術も扱っているのだが、こちらもトップ取りルール、あるいは順位点が均等なルールが前提となっている。ラス回避ルールでは終盤戦でラスになり得る選択を可能な限り回避しなければならないので、本書の内容を雀魂の実戦に生かすには少し補正が必要になると思う。

千羽黒乃ならではのオリジナリティは控えめ

 「麻雀1年目の教科書」でも千羽黒乃のオリジナリティは控えめだったが、本書でも独自の色はあまり出ていない。「シンデレラの牌」「ポジティブ遠回り打法」など、配信ではお馴染みのキーワードも出てくるが、千羽黒乃ならではの戦術というよりは、中級者向けの最大公約数的な戦術の紹介となっている。純粋な戦術書を求める人にとってはプラスな一方、千羽黒乃のファンアイテムとして見ると淋しい人もいるだろう。

 一方で、本書に掲載されている2つのコラムと後書きの内容はとてもアツい。千羽黒乃のルーツと、VTuber・そして麻雀打ちとしての矜持が込められた内容になっている。千羽黒乃さんのファンであれば、このコラムを読むだけでも価値があるのではないだろうか。