打ち首こくまろ

限界オタクの最終処分場

ec騒動で楠栞桜さんはどうするべきだったか

 というお知らせがネットを震撼させたのが一週間前。僕はエンジニアなので、はじめは情報を流出させたnoteの動向を注視していたのだが、そのうちこの事件によって大きな被害を被ることになる楠栞桜さんに興味が移ってきた。

www.youtube.com

 5月初め頃からVtuberの動画・配信を見始めるようになったのだけど、そんな新参でも知っているくらい楠栞桜さんは有名なVtuberだ。特に麻雀関連の活動には目を見張るものがあり、麻雀配信はもとより、麻雀大会のアンバサダーを務める、麻雀プロとのコラボ配信を行うなど、昨今の麻雀ブームを力強く牽引していた、麻雀界の重要人物だった。僕も彼女に影響されて雀魂に登録し、現在も日々麻雀を打っている(まだ雀傑1です)。

 そんな彼女だったが、noteのIP流出により一気に疑惑の人となってしまった。その疑惑とは端的に言うと、5chで他Vtuberの誹謗中傷・内部情報リークなどの悪質な書き込みをしていた人間のIPアドレスが、noteから流出した楠さんのアドレスと一致していたというもの。前から疑惑が燻っていたらしく、それがIP流出事件を契機に一気に爆発した格好だ。

 一応エンジニアの端くれなので、IPアドレスが一致しているだけで本人と断定できないのは重々承知している。この疑惑に最初に触れた時も「そんな訳あるか」と思っていた。思っていたのだけど、情報を精査する限り、楠さんが5chに書き込みをしていたことはほぼ間違いないと考えが変わった。

 一方で、楠さん側は早い段階から疑惑を完全否定するなどしているが、それで疑惑の目を交わす事はできず、新たなる疑惑が日々発掘され続けるなど、炎上対応に現在まで失敗し続けている。楠さんは白か黒かという議論は交わされているものの、楠さんはこのインシデントに対してどのように対応するべきだったかに着目した考察は僕の見る限りは無かった。人間は失敗に学ぶ生き物なので、この楠さんの大失敗事例を元にして、彼女は何を間違っているのか、僕たちはここから何を学ぶべきか考えていきたい。

 結論から先に述べるが、楠さんは炎上時、以下のような対応をすべきだった(し、今からでも軌道修正してこうするべき)。

  • 謝るべきところは謝り、事実とは違うことについては、事実とは違うと論理的に主張するべき
    • 雑に全てを否定すると有志の検証により嘘が暴かれてしまい、心証が非常に悪くなる
    • どこからを事実として認めて、どこからは事実ではないのか、きちんと明文化して宣言するべき
  • 最低限、6月以降5chに書き込みを行っていた事は言い逃れ不可能なので認めるべき
    • これについて嘘をつくのは楠さんの言動自体が信用できないことになり非常に不利
    • これを認めることによるダメージは実は相対的に小さい

客観情報の整理

 先ほどの通り、この疑惑は一言で言うと「楠さんが5chに書き込みをしていた」というものだが、その詳細は楠さんの前世、5chの仕様にも関わってかなり複雑なものになっている。しかし、これを整理しなければこの疑惑について冷静な議論が出来なくなってしまう。少々お付き合い頂きたい。

「夜桜たま」時代と「76」

 まず、楠さんは昨年12月まで「夜桜たま」というVtuberとして活動していた(本人から明言されてはいないが、公然の事実)。夜桜たまは「アイドル部」というVtuberグループに所属しており、チャンネル登録者数10万人を超える人気Vtuberだった(この頃からも麻雀に関する活動を行っている)。

 しかし昨年10月頃より、夜桜たまと「アイドル部」を運営するアップランド社との関係が悪化。夜桜たまがそれを訴える配信を行ったのを皮切りに、夜桜たまと他のアイドル部メンバーとの間にも大きな亀裂が走り、各メンバーのファン同士による誹謗中傷合戦が繰り広げられるなど、大きな騒動となった。結局、夜桜たまは12月4日に契約解除となる。アイドル部も人気失墜に加えその後も配信や動画が荒らされるなど、双方共に深刻なダメージを負った。

 この騒動の10月頃から12月初め頃にかけて、5chの「アイドル部アンチスレ」にアイドル部に関するリーク情報が多数書き込まれる。その内容はアイドル部の内部事情やdiscordの画面に加え、夜桜たまと対立しているVtuber個人情報などを含めた苛烈なものだった。

 ところで、アイドル部アンチスレには「ワッチョイ」なるものが表示される仕様になっている。ワッチョイとはIDのようなもので、IPアドレス・プロバイダ・ブラウザによって自動的に決定される。このうち特定の2桁はプロバイダ名によって決定される。前出のようなリーク情報を書き込んだ者のプロバイダ部のワッチョイは「76」だった。後の検証により、「76」はリークと共に、他アイドル部メンバーのdisや夜桜たまの擁護を数多く書き込んでいた事が明らかになる。

「楠栞桜」転生と「ec」

 契約解除から3週間後、個人運営の「楠栞桜」として活動を再開する。再開後は瞬く間に人気を集め、数ヶ月後には夜桜たま時代のチャンネル登録者数を抜き去る。活動の幅も広げ、今年6月頃には麻雀ブームの第一人者としての地位を確固たるものにした。

 一方、5月4日にアイドル部アンチスレとある書き込みが行われた。「楠さんが天鳳で三段に昇段した」という内容だったのだが、書き込まれた時間帯にはまだ外部から閲覧できる成績には反映されていない、つまり通常は本人以外知り得ないような内容だった。この人物のワッチョイは「ec」。「ec」も後の検証により、楠栞桜さんの擁護やコラボ相手へのdis、他Vtuberの前世を晒すなどの行為を多数行っている事が明らかになっている。

IP表示、疑惑の高まり、そしてIP流出

 5月16日頃より、アイドル部アンチスレの書き込みに書き込み元IPアドレスが表示されるようになる。ここでも「ec」は楠栞桜さんに関する擁護や、他Vtuberの前世に関する情報を行っていた。「ec」のIPアドレスは「222.4.120.217」である事が多かった。

 「222.4.120.217」のこの時期の特筆すべき書き込みとしては、近代麻雀の新連載の漫画家リークだろう。楠栞桜さんを題材とした漫画が近代麻雀に連載されることになったのだが、6月9日に「222.4.120.217」が「多分こいつ」としてある漫画家のtwitterアカウントを書き込んでいる。実際にその漫画家が連載を担当することになったのだが、それが一般に公表されたのは7月31日だった。

 7月上旬、楠栞桜さんのある行動により5chにアンチスレが立てられ、その中で「ec」「76」の書き込みに注目が集まるようになった。特に本人しか知り得ないはずの天鳳速報、アイドル部のメンバーに対するリークを含めた攻撃により、「ecや76は楠栞桜さん本人なのでは」という疑惑が膨らみ始めた。この疑惑は5ch内で盛り上がりを見せ、ニコニコ動画などにもこの事についての動画も投稿された。この頃から「222.4.120.217」による書き込みは激減する。

note.com

 7月31日、この騒動について楠さん側からの声明が発表される。キッパリを事実を否定する内容で、悪意のある内容には法的措置を取るという内容だった。この時点では「ec = 楠栞桜」という筋書きは5ch内の憶測に過ぎず、楠さん側を信じる人が大半だったと思う(自分もそうだった)。

 しかし風向きは急変した。8月14日、note社によるIP流出の脆弱性が発覚する。記事投稿者のIPアドレスがhtmlソースコード内にバッチリ記載されていたというお粗末過ぎる内容だったのだが、楠さんの投稿記事から漏洩したIPアドレスは「222.4.120.217」。アイドル部アンチスレに書き込まれていたアドレスと一致していた。

楠栞桜さんとアンチスレ

 楠さんは本当にアンチスレに書き込んでいたのだろうか? IPアドレスの一致こそあれ、それは改竄可能なものだし、IPアドレスを共用しているケースだって普通にある。そのIPアドレスが、楠さんとアンチスレ住人との間で偶然に一致する確率は、決して無視できる程小さくはない。

 ただこの件に関しては、自分は下記の動画が決定的証拠だと思っている。

www.nicovideo.jp

 上記の動画の通り、楠さんは配信中、明らかに何かしらの端末の操作を行っている。そしてその時間と、アンチスレに「222.4.120.217」が書き込みを行った時間は一致している。これだけで断定する事は当然出来ないのだが、強力な証拠である事には変わりないし、他にも様々な証拠があることを照らして考えれば、楠さんはアンチスレに書き込みしていたという見方に合理的な疑いは無い。

 正直これだけ証拠が揃っている以上、「楠さんは5chに書き込みをしていない」と主張するのであれば、その立証責任は楠さん側に存在するだろう。例えば、5chやプロバイダに「ec」が自分でない事の確認を行う、配信中書き込みを行っていたと見られる時間に実際に何を行っていたか、客観的証拠と共に説明するなど、手段は様々考えられる。手を尽くして自分は無実だと証明しなければならない。

アンチスレに書き込んでいたからと言って何なのさ

 ただし、アンチスレに書き込んでいたという事実は、疑惑の全てが真である事を証明しない。

 少なくとも「222.4.120.217」のIPアドレスの書き込みの大半は楠さんのものだと推察されるが、それがIPアドレス表示前の「ec」「76」と同一人物であるとは言えない。前述の通り、「ec」はプロバイダ名によって固定の値であるため、IPアドレスに比べて一意性が著しく低い。「222.4.120.217」も「ec」だからと言って、過去の「ec」の書き込みが全て楠さんのものだとは決して断言出来ない。さらに「76」はプロバイダ名すら異なるため、さらに疑わしくなる。現在のところ「ec」と「222.4.120.217」を結び付けるものはプロバイダ名と書き込み内容しか無いためこの疑惑はほぼ憶測、つまり「ecと76は自分ではない」という主張は十分に成立する。

 さて、「222.4.120.217」が楠栞桜さん自身だと認めた時、そのダメージはどれくらいのものになるだろうか。冷静に考えてみると、それは意外と大きくない事がわかる。

 例えば、この時期には他Vtuberの前世を示唆するような書き込みをしていたのだが、そんなものVtuberの前世なんて公然の秘密としか言いようがない。Vtuberがデビューする度に前世について執拗な詮索が行われるのが一般的な現在において、この行為が特別悪質性が高いとは言えない(モラル的には印象悪いが)。

 また、近代麻雀の連載漫画家のリークについて。こちらは楠さんも釈明していたのだが、彼女に正式に作者の名前が伝えられたのは6/23(金)とのこと。おそらくこのメールは捏造ではないだろうし、そうであるならばこれは竹書房側から楠さんに対し、6月初め頃に非公式な形で伝えられた可能性が高い。それを聞いてはしゃいで5chに書き込んだのであれば、まぁ許しちゃおうかなという気分にはなるし、竹書房側の情報コンプライアンスだってどうなのという話になる。

 真に問題なのは「アイドル部アンチスレ」に書き込んでいた事それ自体という事になるだろうが、夜桜たま時代のことを思えばそうするのには十分な理由があるし、モラル的には印象悪いがそこまで責められるものではない。

 上記の通り、「222.4.120.217」の書き込みは道徳的にはアウトだが、謝って許される物が大半である事がわかる。

曖昧模糊の釈明文章

 以上の事実の整理を元にして考えると、楠栞桜さんの炎上後の対応は明らかに失敗している。

note.com

 上記がIP流出後最初の楠さん側の公式声明となるのだが、具体的な事実を一切書いておらず、疑惑については「私が皆様を裏切るような書き込みをしたという事実はありません。」という曖昧すぎる一文のみでしか釈明していない。

 この時点では騒動が大きく広がっているため、文章を曖昧にして何が発生しているのかについて明言を避ける事に何のメリットも無い。また、「皆様を裏切るような書き込み」というのが何を指しているのかもはっきりしない。政治家の答弁のように、何とでも言い逃れできる中身のない文章となってしまっている。逆に「これは何かを隠したいのでは?」と疑惑を深める事になってしまった。楠栞桜さんはこの文章を通して、この疑惑に対して誠実に対応しようとする事を全く伝えられていない。

 曖昧な文章にはもう一つ問題がある。「私が皆様を裏切るような書き込みをしたという事実はありません。」と述べる一方で、「逆に何をしたのか」という事実を文章内に全く記載していないため、この文章からは一連の疑惑の全てを否定しようとしているように読めてしまう。具体的には、「76」や「ec」はもちろん、「222.4.120.217」の書き込みも自分のものではないと主張する文章になってしまっている。

 前述の通り、「222.4.120.217」が楠さんである事はほぼ確実。そうであるのにこの主張をしてしまうのは、楠さんは釈明文章内で明らかに嘘をついている事になる。そうなると楠さんの言葉に全く信用が置けなくなり、根拠が乏しいはずの「76 = 楠栞桜説」の方が逆に説得力が高くなってしまう。

 楠栞桜さんは、事実を認めたとしても大したダメージが無いものまで全てを否認しているため、逆に全てを疑われる状態になってしまっている。苛烈な個人攻撃を繰り広げていた「76」が楠栞桜さんであるかどうか現時点では分からないが、そうした真偽が分からない情報までも全て事実として扱われて攻撃されている。これは楠さんの言動に対する信用が無くなってしまっているからだ。

事実に真摯であれ

 もっと言えば、楠栞桜さんは時流を読み間違えてしまった。7月31日時点では疑惑は疑惑のままであり、疑惑の立証責任は楠さんを追求する側にあり、楠さんは毅然とした態度を見せるだけで良かった。

 しかしIPアドレスという強力な証拠が流出してしまった8月14日の時にも、楠さんはただ毅然とした態度を見せるだけに終わってしまった。この時には疑惑は確信に変わっているフェーズであり、とても「毅然とした態度」だけで押し返せるものでは無くなっていた。楠さんには疑惑に対する説明責任が発生していたのだ。

 この説明責任から逃れる事はできない。沈黙を貫いて鎮静化を図ろうとしても、楠さんに対するダーティーなイメージはいつまでも払拭できないだろう。少数の有志により疑惑の検証が引き続き行われ、新たな疑惑が発見されたり、沈黙している間に誤りやデマが事実として固定化してしまうかもしれない。社会的な信用も失われたままになり、Vtuberとして今より上を目指す事は、もう出来なくなるかもしれない。

 繰り返しになるが、大事なのは事実を伝えること。謝るべきところは謝ること。そして、事実とは違うことについては、事実とは違うと論理的に主張することである。それ以外にダメージを最小化させる術はない。

 人間は弱い生き物なので、自分が不利になるような情報は隠しておきたくなるし、嘘もつきたくなる。それが自身が炎上に晒され、不特定多数の攻撃を受けるようになれば尚更である。しかし、そこで自身の弱さに甘んじていては、嘘は暴かれ、隠した情報は明るみになり、さらに傷口が広がるばかりだ。このようなインシデントが発生した時には、とにかく自身に関わる人全てに対して真摯であること、そして事実に対して真摯であることに尽きる。それが「誠意」と呼ばれるものだろう。

 楠栞桜さんがきちんと事実と向き合い、正当な形で戻ってくる日を待っています。